国際プロレス。

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国際プロレスが崩壊して、今年で39年目になる。

選手の名前位は知っていたが、国際を中継していたテレビ東京の系列局が新潟に無かった事もあって、試合をリアルタイムで見る事が出来なかった。

確かに、馬場や猪木のような『金看板』は不在だったかも知れないが、決して良い選手が居なかった訳ではなく、ラッシャー木村やアニマル浜口、マイテイ井上、阿修羅.原等の面々は全日本や新日本等の団体で存在を見せ付けてくれた。

もちろん、この人も…

NWAをはじめとした主要ルートは日本プロレスに抑えられていたが、AWAや欧州等のルートを模索しながら好選手の招聘に成功していた。

モンスター.ロシモフは国際での活躍から飛躍し、アンドレ.ザ.ジャイアントへと変貌を遂げていく。

ビル.ロビンソンは日本側に付いてエース格の活躍をし、『外国人=敵役』のイメージを払拭した。

AWAの重鎮2人も国際のマットに上がっている。

やがて金網デスマッチが受けて試合を定期的に行うようになると、流血戦上等の荒くれものレスラーが次々と参戦するようになった。

『放浪の殺し屋』ジプシー.ジョー

全日では馬場に椅子で殴られても屈しない肉体と問答無用のフライングニードロップで脚光を浴び、W★INGでは大人気だった。

基本は国際勢vs外国人と言う図式だが時には外国人同士の対立もあり、『流血怪人』アレックス.スミルノフはザ.ストンパーやオックス.ベイカー等に喧嘩を売ってシリーズ中に対決したりしていた。

『青銅の爪』キラー.カール.クラップが国際のマットに上がったのは1980年の僅か1年だが、新日本で常連外国人レスラーの時より強烈な印象を残したそうだ。

こうなると翌年の全日登場は、より蛇足に思えます

ダイナマイト.キッド、ダスティ.ローデス、ワフー.マクダニエル、ブラックジャック.マリガン…そして、このAWA世界王者にもなったリック.マーテルも初来日は国際プロレスである。

国際に初来日した無名のレスラーが…

後々こうなるとは、誰も想像しなかっただろう。

AWAとの提携が続いていたならば、ハルク.ホーガンやザ.ロード.ウォリアーズの初来日は国際だったかも知れない。

ウォリアーズは国際の来日は無かったが、マネジャーのポール.エラリングは現役時代に国際に来日した経験がある。

国際の社長は…

吉原功氏。

当時では珍しい『エース≠社長』。

日本プロレス更には後の全日本プロレスや新日本プロレスに対抗するように金網デスマッチや欧州テイストのプロレスの導入、契約書制度、減点方式のリーグ戦など画期的なシステムを取り上げてプロレス界を盛り上げようとした功績は大きい。

『世渡り下手』と称した方もいたが、選手の立場に立った経営を行い、国際の選手からの信頼は厚かった。

最近国際プロレスの動画がYouTubeとかで公開されて、その存在が注目されて見直されているが、地上波よりネット局の心配はいらないBS-TBSやBSテレ東とかで放送してみては如何だろうか?

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