世界最弱タッグ⁉

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私の好きなシリーズの1つ『世界最強タッグ決定リーグ戦』が11月に全日本プロレスで開催される。

かつてのスケールに比べると厳しいが、それでも始まる前は楽しみになる。

開幕戦の入場式に流れる『オリンピア』も、それをバックに全選手が入場する光景も、全試合終了後の表彰式も『暮れの風物詩』である。

さて1977年の『世界オープン.タッグ』を前進に全日本プロレスの『暮れの祭典』として御馴染みの本大会は今年で43回目。

ハンセン&ブロディの『ミラクルパワー.コンビ』やドリー&テリーの『ファンクス』やミル&ドスの『マスカラス兄弟』、ブッチャー&シーク『地上最凶コンビ』等々の実力者チームも参戦したが、中には『?』ってチームも参戦した最強タッグ。

長い歴史に存在するタッグの中で弱いチーム…世界最弱タッグは、どのチームか?

ロッキー羽田&天龍組や『ランド.オブ.ジャイアンツ』等々…数多くのプロレス.ファンから幾つものチーム名が出てくるであろう。

もし私個人が定義をつけるならば…

『勝ち点が0である』事である。

勝ち点2はおろか、引き分けによる勝ち点1すら挙げられないチームが最弱に当てはまるんではないだろうか。

記念すべき…いや不名誉であろう勝ち点0の第1号は、1978年大会の大木金太郎&キム.ドクの『韓国師弟コンビ』

馬場&鶴田組を破りインタータッグ王者にも輝いた事がある実力者チームが勝ち点0とは意外だ。

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大木がブッチャーと手を組んだ事にキム.ドクが憤慨してコンビ別れしたそうだが、

キム.ドクは翌年から全日入りを果たし、『タイガー戸口』を名乗る…推測だが、早いうちから馬場からスカウトをされていて『心ここに在らず』だった事が、奮わない成績に繋がったのでは?

続いては、1979年大会のワフー.マクダニエル&フランク.ヒルの『インディアン.コンビ』

狼酋長のニックネームで日本でも御馴染みのワフー.マクダニエル

こちらは初来日のフランク.ヒル

格下ゆえに相手チームから狙われ、白星配給役を担当する。

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特に初戦のブッチャー&シーク組相手の大流血しての壮絶な玉砕ぶりは語り草に。

来日後のヒルは『チーフ.ジュールズ.ストロンボー』の名前でWWFやWCW等でも活躍した…再来日が無かったのは残念。

1979年大会最終戦でブッチャーとシークは仲間割れ。翌1980年にシークがパートナーで連れて来たのが、ザ.グレート.メフィスト。

メフィストはアラブ出身レスラーのギミックの米国人。

ブッチャーやキラー.カーン等のヒール側のプレイング.マネジャーとして活躍した事もあるそうだ。

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シークは優勝度外視で反則ばかりを繰り返し1勝もしなかった。

最終戦で対決したブッチャー&キラー.トーア.カマタを両リンで無得点試合にし、優勝させなかっただけで十分。

1982年大会は上田馬之助&スーパー.デストロイヤー組。

スーパー.デストロイヤーの正体はスコット.アーウィンで、雪崩式ブレイン.バスターを最初に取り入れた選手として有名。

だが、そんな大技を駆使する事は少なく、今回は白星配給役に徹した。

スコットの弟ビルと『スーパー.デストロイヤーズ』を結成し、翌1983年に1号(スコット)2号(ビル)でも来日している(上記画像で、どちらが1号で2号かは不明)。

ちなみに当初はアーウィン兄弟若しくはスコット&テリー.ゴーディとのコンビで最強タッグに参戦する予定であったそうだ。

『金狼』上田馬之助はタイガー.ジェット.シンのスケジュールの都合による不参加で優勝からリーグ戦を掻き回す役に徹した。

1980年大会のシーク同様、開幕に当たった馬場&鶴田組相手に両リン無得点試合をやった時点で役割は果たした。

翌1983年大会は鶴見五郎&ザ.モンゴリアン組。

国際プロレス時代にヒールに転身した鶴見は国際崩壊後に全日に主戦場を移し、同じ頃に全日に移籍してきたタイガー.ジェット.シン&上田馬之助と結託し、ラフファイトで活躍した。

強面の鶴見だが実際は料理上手で、相当の常識人と言われている。

モンゴリアンはジーン.ルイスの名前で新日に1度来日した後に転身。

モンゴリアンの他に幾つかのキャラクターに変身している。

鶴見&モンゴリアン組はシン&上田組の『援護射撃』の役割を担ったが不発。

テリー.ファンクの復帰やレイス&ニックの『元世界王者チーム』の誕生、馬場が『ミステリアス.パートナー』と組んでの参戦が話題となった翌1984年大会はタイガー.ジェット.シン&マイク.ショウ組が0点。

この年の途中で上田馬之助と仲間割れしてしまったシン。

シンの本拠地の1つ、南アフリカから連れて来たのがマイク.ショウ。

リーグ途中でシンと仲間割れしてしまったが、その後インド人キャラに転身したり、更には僧侶やテディベア好きの巨漢にも変幻自在に変身した。

この年は新日『MSGタッグリーグ』に参戦予定だったキッド&スミス組が最強タッグに参戦したり、シン組だけでなく馬場が『ミステリアス.パートナー』のラッシャー木村に裏切られたり、ワンマン.ギャングのパートナーがバズ.ソイヤー→ピラタ.モルガン→鶴見と二転三転したり、なかなか波乱万丈だった大会だった。

実際のシンは紳士と言われている。

1986年大会は何故かスーパー.ストロング.マシン&阿修羅.原のコンビが0点。

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過ぎた事なんだが、マシンは高野俊二との純正『カルガリー.ハリケーンズ』で…

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阿修羅.原は同じ様に全日勢と敵対していたザ.グレート.カブキとの『はぐれ全日コンビ』で出た方が良かったのでは…。

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御存命ならば、阿修羅.原ではなく原進氏として今年のラグビーW杯に何を思っていたのかを聞きたかった。

1988年大会は勝ち点0が2チーム登場する珍事‼️

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クラッシャー.ブラックウェル&フィル.ヒッカーソンの重量タッグと、もう1つは…

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『喧嘩番長』ディック.スレーターと…

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『野生の炎』トミー.リッチ組。

失礼ながらブラックウェル組は「あり得るかなぁ」と思ったが、日本でも実績あるスレーター&リッチが0点に終わったのには驚いた。

同じ年にエントリーしたダニー.スパイビー&ジョニー.エースの『ブロンド.ボンバーズ』が10点獲得したのとは昇り調子と落ち目のコントラストが出ましたね…。

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『ファンク道場』出身のスレーターとテッド.デビアス…交通事故以降は精彩を欠くようになったスレーターと『ミリオンダラー.マン』となり異彩を放つようになったデビアスとも対比が出てしまったね。

この他は…

1993年大会の

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トレイシー.スマザーズ

&

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リチャード.スリンガー組。

2003年大会は

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ラ.パルカ.オリジナル&パルカ.ゲレーラの『骸骨コンビ』

ちなみにゲレーラの正体は『ブラック.タイガーⅦ』でもある。

2007年大会は

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TARU&ゾディアックの『Voodoo-Masters』は最終戦の鈴木みのる&ブッチャー組で両リン以外は全て反則負け。

しかし歴代の0点チームの中で最も異色なのは、2012年大会の

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ザ.グレート.サスケ

&

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KENSO組。

なんといっても公式戦前にサスケが骨折してしまい、1試合も行わず不戦敗

色々と個性的なタッグチームが参戦しましたが、まあ本当の最弱タッグは最強タッグにはエントリーされないんですよね。

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今年は、どんなドラマがあるか楽しみにしたいです。

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